ハイキング1
山々に残雪が残る6月からアラスカのハイキングは突入します。アラスカはかつてゴールドラッシュでにぎわい、金を見つけるためにこの極寒の地に命がけで人々は入って行きました。その時使われていたトレイルが現在ハイキングトレイルとなって残っていることが多く、廃坑になった金鉱や鉱山もたくさんあり、生まれ故郷を思い出します。幼い頃、北海道の炭鉱町に育った僕は、父に山菜取りに連れて行かれ、熊が出るぞと脅されながら山奥に入っていったものです。キタキツネや野うさぎに出会い、トンネルの中でコウモリを始めて見たときの驚き、ヒグマの糞を発見し驚く僕とそれをからかう父、きっと父はその熊の糞が新しいものか古いものか瞬時に判断していたのでしょう。その頃の父との山の探索は今でも鮮明に覚えていますし、経験も役立っています。山菜を探しそれに飽きた僕は、炭鉱閉山になり朽ちたトロッコの枕木を崩しながらクワガタムシや近くの沢に上ってザリガニを探す。父も山菜取り夢中になり、ふと気がつくと森の中から誰かに見られているような錯覚に襲われ、あわてて近くにいない父を探し必死に大声で叫ぶ。そんな遠い昔の思い出があります。

 

アラスカでの初めてのハイキングは犬ぞりで左足首のじん帯を切り、そのリハビリがきっかけでした。その頃のハイキングは切れたじん帯の回りの筋肉で補うための、ただひたすらハイピッチで山を登るつまらないものでした。ところがある日、汗をぬぐい腰を下ろすと、今まで気にもとめなかった黄色やピンクの小さな可愛らしい高山植物が、可憐にそして力強くアラスカの大地に根付いています。地リスも穴から顔をだし立ち上がりこっちを見ています。今までリハビリでは余裕がまったく無く、なんと心が和む瞬間だったでしょう。これが僕のアラスカのハイキングに魅せられた始まりです。

 

この頃の楽しみは、野生動物たちとの出会いやまだ見たことの無い高山植物の発見です。すでに300種類以上高山植物写真を収めてきました。去年はアルビドだとおもいますが、白いトリカブト・白いヤナギラン・白いシューティングスター、そのほかにエンゴサクやウルップソウが咲く新しい場所も見つけました。毎回同じ山に登っても新しい発見があります。カナダロッキー山脈の2000メートル以上に咲く花がここでは1000mほどで見事に咲いています。太古の昔ベーリンジア陸橋がユーラシアとアメリカ大陸をつないでいた頃、アジアから来たヒグマや他の動物達の体に種が付着し運ばれてきたのでしょうか、まったく日本と同じ植物もたくさんあるのです。そういう太古の昔の出来事を想像するだけでも嬉しくなってきます。太古からの自然がそのまま残っているのがアラスカなのです。

 

 幼い頃感じた森から動物たちに監視されているような感覚は、昔以上に五感で感じ取ることができるようになりました。言葉が通じない犬達と暮らし彼らと意思の疎通をしているせいでしょうか、ヒグマと遭遇した時の駆け引きや、山羊に優しく話しかけ、僕が興味を感じる仕草をやってみせると向こうから近寄ってくるほどです。しかし、出会いがしらのヒグマやムースだけは気をつけなければなりません。いつも視界が利くように森全体を見回し、五感をつかい動物の気配を感じながら進んでいきます。低い木や生い茂った草が軽く揺れ、そこに小動物でもいるかと思ったら、熊だったりすることがあります。あの大きな巨体では想像できないほど小さな揺れ方しかしないのです。彼らはこの短い季節に冬眠に必要な脂肪を蓄えなければなりません。夏から秋にかけては、ベリー類の最盛期で必死に食べ続けています。この時期は出会いがしらで人間とトラブルをおこす場合が多くなります。ハイキング中、ヒグマにはよく遭遇しますが、いままでアタックされた経験はまだありません。

 

ある日、2頭の子連れのアメリカ黒熊のお母さんとはにらみ合った経験があります。小熊一頭が僕を発見しびっくりして木に登ってしまい、もう一頭はあわてて森の中へ。お母さんも登ってしまった小熊を守る為にそこから動けず凄い形相で威嚇し、僕とのにらみ合いがつづきました。目をそらすと熊は襲ってくる習性があるのです。ぼくが彼らにとって安全な動物と判断してから小熊はゆっくり降りてきて、何度も振り向きながら森の中に3頭そろって消えていきました。他のハイカーが一緒の場合は、熊に遭遇した時の注意事項を徹底させなければなりません。熊がこちらに気づいたか気づかないかで対処がまったく違うのです。時には20人以上ハイカーをいっしょに連れて行くことがあるので、統率力を取る為には父が僕にしたような脅しを使います。日本のハイカーは野生動物の怖さを知らないし、どう対処したら安全なのかもまったく分からないのです。

 

熊の気配を感じながら急勾配のトウヒ原生林の生い茂る奥深い森に入るとデビルズクラブという野生ニンジンや樺のアナタケなどの薬草が沢山見られます。徐々に木々は小さくなりベリー類の花も目立ち視界が開けてきます。トリカブト、カノコソウ、フウロソウなどの野草が目立ちます。やがて海抜700mくらいから森林限界に入り、花崗岩の岩肌と崩れた瓦礫が目立ってきます。高山植物が咲き乱れる岩肌に腰を下ろすと、心地よい風を感じます。蒼く抜けるような空を見上げると、白頭鷲がジリスやナキウサギなど小動物を狙って、はるか上空を旋回しています。山岳氷河の上に立ち耳を澄ますと、数百年以上前の圧縮された空気が、氷の隙間からピューと勢い良く音を立てて噴出しています。時折氷に亀裂も入るときのホワイトサンダーといわれる雷のような豪快な音もします。氷上を探索すると所々にクレパスもあり、小さな穴を覗き込むと、深さ10メートルの大きな空洞の広がりがあったり、奥深く亀裂が続いていることもあり、探索も慎重になります。氷河やクレパスは刻々とその姿を変えて、太古の昔から重力に負けた氷が河のようにゆっくりとした気の遠くなる時間を経て麓に降りていくのです。

 

休憩中はハイカーたちが大自然の中ではしゃぎまくります。融解した氷河の水を飲んだり、氷河が削ったミネラル豊富な泥を顔に塗ったり、きっと幼少の頃の泥まみれになって遊んだ記憶がよみがえっているのでしょう。気がつくと一緒に登ったハイカー達は、幼少の頃にタイムスリップしたように子供の頃の顔に戻っていました。アラスカの大自然にはそんな力があるようです・・・。

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